先日、桑野神社の神殿入口に、お米、梨、そしてお菓子がそっと供えられているのを見つけました。
どなたがお供えくださったのか、お名前はわかりません。それぞれ別の方が、別々の時にお参りくださり、お供えくださったもののようです。その光景を目にしたとき、思わず手を合わせました。
新米に添えられた一通の手紙

お米は、紙袋に入った今年の新米でした。そして、その傍らに一枚の便箋が添えられていました。
稲刈り無事に終わりました。
先日 参拝後に予報がかわって助かりました。
新米少しですが、どうぞ。
ありがとうございました。
多分、あのお方かな・・と、思い当たる節があります。この前、稲刈りの最中に参拝にお越しになられた御婦人がおられました。もしも、間違っていたら、すみません。
稲刈りは、一年の米づくりの締めくくりであり、天候に大きく左右される作業です。刈り取りの時期に雨が続けば、稲は倒れ、品質にも響きます。無事に稲刈りを終えることができた。その報告と感謝のしるしとして、新米をお供えくださったのだと思います。
願いを託してお参りし、叶えば感謝を伝えに戻ってくる。「少しですが」と控えめに書かれた一言にも、この方のお人柄がにじんでいるように感じられました。
地上で天の恵みを受けて実った一粒一粒。謹んで神前にお供えし、今年の実りを神様とともに喜ばせていただきました。
梨とお菓子に込められた思い

梨もまた、この季節ならではの恵みです。大ぶりの実がいくつも袋に詰められ、秋の訪れを神様とともに喜ぶお気持ちが伝わってきます。
そしてお菓子。「神様にも召し上がっていただきたい」という思いが、何よりありがたく感じられました。
おかげさまで、という心
神社は、神職だけで守っているものではありません。こうして折々に足を運び、願いを託し、感謝を寄せてくださる地域の皆様がいてこそ、社は生きた場所であり続けます。
皆様の報告を受け、神様のにこやかなお顔が見えてきます。
お供えくださった皆様に、心より御礼申し上げます。皆様のご健勝と、ご家族の平穏、そして来年もまた豊かな実りに恵まれますよう、神様にお祈り申し上げます。